エカテリーナはロシア人男性名です。
僕はリーナと呼ばれていたけど、カーシャとか言われる事もあった(気がする)。
ウピルはロシアでメジャーな吸血鬼の名前ですね。
ドラキュラのようなものだと思って戴ければ。
……で、少しグロ気味らしいです。どこがグロいのか僕には良く解りません。
中の人的にも全然問題ないらしいのですが、念の為注意書きだけしておきますね。
19.
「まだ生きているのか」
兵士を突付く。革の手袋に僅かに血糊がつく。試しに舐めてみる。
生者の血は何も答えない。
「喋れないんだ。生きているんだな」
仕方ない、と兵士の頭を持ち上げた。彼の両眼の数字は既に死へのカウントダウンを始めている。だがそれを待つのは面倒だ。見ていても面白くも何ともない。
銃剣の先で右目を貫いた。眼球の潰れる小さな破裂音は周囲の銃声に飲まれて消える。
更に力を込め、脳を抉って抜く。剣先に目玉が引っ掛かってころりと落ちた。
「……死んだ? 死んだ時、どんな感じだった?」
死者の血は答えた。
『寒い』
「他には?」
『少し痛かった』
「他には?」
『怖くはなかった』
「他には?」
血塗れの顔に舌を這わせながら問い続ける。
『どうせ死ぬと解って此処に来たんだから……仕方ない』
「他には?」
『……寒い』
リーナ、エカテリーナ、そう呼びかける声がふいに耳に届いた。
「おい、何をしているんだ……!」
「……寒い」
「当たり前だろ。此処を何処だと思ってる。そんな事より座り込んでたら格好の的だろうが! さっさと戻れ!」
世話掛けさせやがって、と彼はエカテリーナを掴んでずるずると部隊に戻る。申し訳ない、と気が抜けた声で形だけ謝って、青年兵は引き摺られていく。
「ところでリーナ……お前、目に怪我でもしたのか」
「いや、特に」
「そうか……?」
戦友はエカテリーナの目を覗き込んで肩を竦める。
「済まん、俺の気の所為だな。さっき真っ白に見えたから失明したのかと思った」
「……ごめん」
「何が?」
漸く自らの足で歩き出し、彼は少しだけ微笑んだ。あちこちから流れてくる血の言葉にだけ耳を傾けるよう精一杯努力しながら。
その夜、エカテリーナは死んだ仲間たちを安置する為のテントに潜り込んだ。見知った顔の骸を探し、懐から抜いた小さなナイフでまだ死んだばかりのその身体を切りつける。
「死んだ時、どんな感じだった?」
『わからない。急に苦しくなって……死んだ』
「他には?」
『わからない。そうだ……あれは……何だったんだ』
「あれ?」
『リーナは』
「僕?」
『ウピルなのか? 死体の血を啜るなんて。それにあのぞっとするような冷たい』
「……」
『水鏡のような目は』
「……」
『皆、あいつには近寄るな……化物だ』
「……他には?」
『――死神は思っていたより美しい。だから――怖い』
***
鴉は未だに本体の意思で喋る気配がない。代わりにピアスが騒ぎ立てるので大して気にはならないのだが、啼きもしない鴉というのは案外啼く鴉より不気味なんじゃないか、とはドォルの談だ。
啼かないのも当然だ。これは鴉であって鴉ではない。
僕の裏面であり、僕を見届ける『何か良くわからないもの』。
遠ざけようとも付き纏う影。
鴉の姿を借り、ヌバタマという名をつけられた、声無き殺意。
学徒として生活するにあたって、教師はこれに目の力の一部を預けた。寮で生活している間はこれは結界に拒まれ、僕の元に戻る事は出来ない。従って他の生徒たちは安全に勉学に励む事が出来る。
それが手元に戻ってきた――という事が何を示すか。幾ら鈍い僕にでも解る事だ。
学校という結界の外に出た時点で何時か現れるかもしれないとは思っていたのだが。
確かめる為に吸血鬼を呼び出した。彼は鏡に映らない、という事は僕から見れば最も捻じ伏せ難い相手であり、同時に肩の力を抜いて共に過ごすにはうってつけの相手でもある。彼ならば僕の目がどうなっているのかを調べる事も可能だろう。
真っ青な髪をした大柄な吸血鬼は、僕を抱き込むようにしてじっと瞳を眺める。その様子は僕からは見えない。ただ、空気の温度と呼吸の距離と脈拍でおおよその表情は読める。
「どうですか、吸血鬼」
「……ふむ、透き通った目だ。残念ながら、我の後ろがよく見える」
想像通り。
鏡の目は戻ってきた。
さぁ務めを果たせ死神。
死神を終わらせる為に、創造者に死を。
射干玉がそう囁いている。
十数年前と変わらずに。
「それはもう何度も試したじゃないか」
そして、
「無駄だった」
何しろ人間は余りに多すぎる。多すぎて、殺しきれない。
殺しきれなかった、それが現実。